2026年5月31日。嵐がとうとう活動を終了した。
私が嵐を好きになったきっかけは、多くの人がそうだったと思うが、ドラマ「花より男子」の道明寺の松潤推しからだった。
私は、ニュージーランドから帰国して、日本で就職をしようとしていたが、なかなか自分に合う職場がなくて、くすぶっていた。
そんなある日、ふと、花より男子2が放送されて、何気なくドラマを見たら、みるみるうちにはまってしまったのだ。
そんな中、オーストラリアでCAになる切符をつかみ、オーストラリアに行くことになった。
出発が3月初旬だった為、ドラマの最終回を見れないということに、入社をどうにか延ばせないか、本気で考えたほどだった。
今のように配信などなかった、2007年の話しだ。
松潤から、嵐を知り、そこから19年。
気が付けば、5人とも大好きになり、すっかり箱推しになった。

嵐は、いつも自分の傍にいて、励ましてくれた。
特に、CA訓練生の時は、本当に大変で、毎日とても辛かった。
オーストラリアに来て、CA訓練最中、初めての週末に、同期の子と気晴らしに出かけた。
ふと、花男の話しになり、彼女も好きだという事で、すっかり意気投合した。
そして彼女が嵐のライブDVDを日本からこっそり持ってきたなんて聞いて、嵐のライブを一緒に見た。
ジャニーズアイドルにはまるなんて、光GENJI以来、20年ぶりのこと。
絶対もうはまることはないと思ったから、自分でもびっくりした。
たくさんのテレビのレギュラー番組や、紅白の司会を皆でやったりで、私がオーストラリアにいる5年で国民的アイドルになっていた。
アルバムが出れば、日本のフライトの際、CDを買って、何度も何度も聞いた。

オーストラリアの景色は、嵐と共にあった。
日本に帰ってきてからは、テレビ番組もたくさん見れて、仕事で疲れて帰ってきても、録画した嵐の番組を見るのが、幸せだった。
義理の妹も嵐ファンで、姪っ子も生まれたタイミングで、一緒に、ファンクラブに入った。
その後、生まれた、甥っ子とも共に、嵐のライブDVDを見ながら、踊って歌った。
たった1度だったけど、札幌のライブに参戦したことがある。
嵐がオープニングでドカンと出てきた時は、「本当にいるんだー」ってキャーってなった!
活動休止になっても、ファンクラブに入り続けていたのだが、例の事務所の問題で、気持ちが折れて、ファンクラブを一旦抜けることにした。
その間、ヒゲダンや、野球など、他の楽しみを見つけていた。

そんな中、嵐が活動終了を発表し、最後のライブをやることになった。
ファンクラブを一度抜けた私は、ライブに行ける権利はなかったが、最後はきっと配信があるはずと思っていたので、ファンクラブにまた入り直し、久しぶりの嵐推し活動に戻った。
ずっと見てなかった、おーちゃんも元気そうでよかったーなんて、親戚みたいな気持ちだった。
嵐好きの友人が何人かいるが、その中に外国人もいる。
イタリア人のマデちゃん、マレーシア人のシムとサイード。
3人とはそれぞれ、嵐を通じて、仲良くなれた。
外国人も魅了する嵐ってすごい!

5月31日の最終日まで、もっとじっくりこの日を迎えたかったのが、あまりにも忙しすぎて、あっという間にこの日が来てしまった。
せめて、この日だけも、嵐漬けにしようと朝から、嵐モードにした。
まずは恰好から!
嵐グッズのTシャツを着る!

たまっていた、ファンクラブの動画など見て、ライブの予習もした。
SNSでは、「悲しい」「泣いちゃう」なんて投稿でいっぱいだったが、どんな気持ちに自分がなるかちょっと想像がつかなかった。
ライブは18時開始。
その前に15時から特別企画があるという。
18時からは、ライブに集中したい!
15時の特別配信までにおつまみを用意した。
部屋も嵐色にして、だんだん、気分が盛り上がってきた!

そして、15時から、過去の嵐のMVが流れたのだが、それを見たら、自分の思い出とリンクして急に涙があふれて来て自分でもびっくり!!
思い出が走馬灯にように駆け巡るのだ!
曲とリンクして、オーストラリアで嵐を聴きながら、海沿いを歩いていた散歩コースとか、亡くなった母の事とか、そしてやっぱりCAの訓練生の大変な思い出は、やっぱり嵐の曲とセットだった。
そしてようやく、本当に嵐が今日で終わっちゃうんだーって思って、さみしくなって、また涙が出てきてびっくり!!
最近、全然泣いてないなーなんて思っていたが、この日に一気に来た!!

画面越しから、念を送り、感謝を伝えた!
久しぶりのライブなのに、嵐の歌もダンスもキレキレだった。
まだまだきっとやれるけれど、5人で決めた決断にリスペクトしたい。
今まで、たくさんの楽しい時間をありがとう。
笑わせてくれたり、癒されたり、元気をくれたり、嵐にたくさんたくさん、励ましてもらい、何度もくじけそうになった時も、支えてもらった。
本当に感謝しかない。
5人が笑顔でステージから消えて、ガクッとなった。

しばらく、ロスになりそうと思ったが、月曜日の9時に仕事を始めたら、忙しくて、一気に現実に戻された!!
それくらいがもしかしていいかもしれない。
だって、そうじゃないと、本格的なロスになっちゃうから。
こうして、また、ことあるごとにふと嵐を思い出しながら、5人の幸せを思って、私も元気に楽しく過ごして行きたいって思った。
改めて、推しがあるって本当に大事。
自分の活力になる。
嵐はこれからも私の元気の源!

SNSでは、ネガティブな言葉はなかった。
すがすがしい気持ち。
昨日、ファンクラブから5人の集合写真が届いた。
私の大事な宝物になった嵐!
これからも私の永遠の推しの嵐。5人がどうかこれからも幸せでありますように。
「感謝カンゲキ雨嵐」を口ずさんでいたら、また “嵐、ありがとうーー!! っていう気持ちになった。
おしまい。
<思い出ブログ>
辛かったCA訓練生の話し。
On May 31, 2026, ARASHI finally ended their activities. I first became a fan thanks to Matsujun in the drama Hana Yori Dango, just like many others.
At that time, I had just returned to Japan from New Zealand and was struggling to find a job that suited me. One day, Hana Yori Dango 2 happened to be on TV, and before I knew it, I was completely hooked.
Soon after, I got the chance to become a cabin crew in Australia. Because my training started in early March, I couldn’t watch the final episode of the drama. I even seriously thought about delaying my start date just to watch it. It was 2007—there was no streaming back then.
From Matsujun, I discovered ARASHI, and before I knew it, I loved all five members. They were always beside me, cheering me on.
Training as a cabin crew member was extremely tough. On my first weekend off, I went out with a classmate, and we bonded instantly over ARASHI. She had secretly brought ARASHI’s live DVDs from Japan, and we watched them together. I hadn’t fallen for an idol group like this since Hikaru Genji—almost 20 years.
During my five years in Australia, ARASHI became national idols in Japan. Whenever they released a new album, I bought the CD at the airport before flying home and listened to it over and over again.
After returning to Japan, watching their TV shows after work became my happiness. My sister in law and niece were also fans, and we even joined the fan club together. I danced and sang ARASHI songs with my little nephew many times.
I only went to one live concert in Sapporo, but when they appeared on stage, I screamed, “They’re really here!”
I have foreign friends who also love ARASHI—Italian, and 2 Malaysians. ARASHI really is amazing; they attract people from all over the world.
May 31 — The Final Day
I wanted to spend the whole day slowly, but work was too busy and suddenly the day had arrived.
So I decided: Today will be an ARASHI day.
I wore my ARASHI T-shirt, watched old fan club videos, and practiced for the live stream. Social Media was full of sad posts, but I wasn’t sure how I would feel.
The special program started at 3 p.m. As soon as the old music videos began playing, memories came rushing back like a slideshow. I surprised myself by crying so suddenly.
Walking along the beach in Australia listening to ARASHI… My mother who passed away… The painful days of cabin crew training… All of it was tied to ARASHI’s songs.
When the live finally began at 6 p.m., I sent my gratitude through the screen. Their singing and dancing were still perfect. I want to respect the decision the five of them made together.
Thank you for all the fun times. You made me laugh, healed me, and gave me strength. Whenever I was about to break, ARASHI supported me.
When the five of them disappeared from the stage with smiles, I felt empty. But the next morning at 9 a.m., work pulled me right back to reality. Maybe that was a good thing—otherwise I might have fallen into a deep sadness.
From now on, I’ll think of ARASHI from time to time and wish for their happiness. Having someone to love really gives you energy.
ARASHI will always be my source of strength.



