<昭和のよき香り、ウズベキスタンをゆく!(7)>勧誘がないよ!!というお話し。

ウズベキスタン旅行

2024年6月末から7月にかけて、2週間、ウズベキスタンを旅してきた。

ハイライトがこちら↓

その他、6つほどのエピソードを紹介している。

https://mamacreamsoda.com/category/uzubekistan

今日は、2024年に旅行をした、私が感じたことをご紹介。

挨拶と言葉について

私は、訪問国では、必ずその国の言葉を使う。

もちろん、しゃべるわけではないので、以下の単語だけを覚える。

こんにちは アッサローム

ありがとう ラフマット

おいしい マザリ

日本 ヤポーニャ

ビール ヒヴォ

この国の男性は、挨拶の際、右手を胸に当てる人が多い。

イスラム教圏内の人がそういうイメージなので、もしかして宗教からきているのかなと思う。

なんか、心を込めてくれている感じで、気持ちが深く伝わる。

日本人のお辞儀と同じようなものかなー。

ウズベキスタンでの旅行の特徴

海外に行くと、特に東南アジア圏では、「コンニチワー」などと日本語で話しかけることがよくある。

しかし、ウズベキスタンでは、ほぼなかった。

バザールは、アジアや、中東、アフリカ、南米で行くと、「マダム!マダム!」なんて声をかけられ、ちょっと興味を示したものなら、凄まじい畳みかけで売り込みが始まる。

しかし、ウズベキスタンは、「ハロー、どうぞ―」くらいは言うけれど、それ以上はない。

なので、逆に「あれ?」って肩透かしを食らった気分だ。

唯一、サマルカンドの「日本語も通じます」って書いてある、お土産屋さんに入ったら、「若いお嬢さん」という感じの、いでたちの2人が迎えてくれた。

「ワタシは二ホンにスンデマシタ」って片言の日本語で、スザニ(刺繍)の説明などしてくれた。

あーこういう感じ、懐かしなーなんて思いながら、彼女のプレゼンを聞いていた。

しかし、結局、買いたいものがなかったので、「ありがとう、また来ます」と社交辞令を言ってみた。

すると急ーーーにテンションが低くなった声で、「はいー」って返答してきた。

そのトーンが独特で、1オクターブ、さっき話していたより低くなっていた。

この「はいー」を分析すると、「こいつら、もう来ないなー」っていう気持ちがばっちり込められた音だったので、ちょっと笑ってしまった。

旅の友、ミユキは、ウズベキスタン人に日本語を教えた経験がある。

彼女曰く、ウズベキスタン語のトーンがそのまま、日本語になるので、皆、あのお嬢さんたちと同じような発音になっているって言っていた。

なので、彼女達にとっては、別に他意はなかったのかもしれない。

でもテンション低くなった「ハイー」は、初めて聞いたとのことでうけた!

さて、恐らく、多くの日本人が海外に行った時に経験するのは、「中国人か?」と聞かれることだと思う。

ところが、ウズベキスタンでは、私達のようなアジア人を見ると、「韓国人か?」とまず言われる。

韓国は、英語では、コリアという発音だが、ウズベキスタンでは、「カレーア」みたいな発音。

最初、やたら、カレー、カレーって言われたので、食べ物のカレーって言葉が何で出るんだろうって思った。

しかし、これが、韓国っていう意味っというのが途中でわかった。

第二次世界大戦の際に、スターリンにより、多くの朝鮮人がこの土地に強制移住させられたそうだ。

言語を失ったが、アイデンティティは、失わなかった為、この地に定着しながら、食文化など残っているそうだ。

市場に行った際、キムチのようなものが売られていた。

考えてみれば、私も韓国ソウル経由でこの国にやってきた。

直行便が毎日でているから、韓国からの観光客も多いのだろう。

中央アジアは、地続きなので、色々な顔をこの国ではみかける。

独立前の、ソ連時代は、それぞれの民族が、「自分は、〇〇人」という意識はあまり持っていなかったそうだ。

中央アジアは、現地語で、「トルキスタン(トルコの土地)」という意味。

ウズベク人は、中央アジアで最も人口が多いらしく、8割を締めるそうだ。

その他、日本人に似た容姿と言われる、カザフ人や、キルギス人、また、トルクメン人、タジク人、そして、あのカラカルバク人などが共存している。

混血が多いので、美男美女が多い。

ファミリーヒストリーを辿ったら、きっと色々な血が混ざっていて、おもしろい事がわかるんじゃないかなーと思った。

旅行のスタイルの変化

今回のウズベキスタンの旅行の話しから、ちょっとずれるが、ちょっと聞いてほしいことがある。

これまで60カ国訪問したが、旅行をし始めた、1995年は、ネットが何もなかった。

私は、1年中、オーストラリアを旅行した。定住しなかったので、住所がなかった。

手紙の送り先は、GPO (General Post Office)という、中央郵便局の局留めサービス。

手紙をこちらから送り、「これから、予定では、来月初旬にダーウィンに到着する予定です。そんなわけで、返信は、Darwin GPOまでよろしくね!」

といい、友人が、それに合わせて、手紙を送ってくれるのである。

私は、新しい土地に行くと、まず、郵便局に出向き、手紙を受け取るのが楽しみの1つだった。

その当時のお話し↓

それから、30年経った今は、別世界だ。

スマホが、1995年に私がやっていた、電話も手紙も、ガイドブックも観光局の仕事も一気に引き受けてくれているのである。

コロナ渦で海外に5年ほど行けなかったが、スマホ状況もまた大きく変わっていた。

それまで、海外で携帯電話を使用する場合は、海外でWIFIキットを借りたり、ホテルのWIFIフリーを使っていた。

今回は、ウズベキスタンの国内で、友人にも会う予定になっていた。

待ち合わせ場所の直前に何かあった時に連絡が取りたいと思った事と、ウズベキスタンでタクシーに乗りたい場合、「YANDEX GO」というアプリを入れる必要があった。

そんなわけで、私としては、珍しく、ウズベキスタン内の電話番号が必要となり、初めてSIMカードを使ってみた。

これまた、到着時に空港で簡単に買えて、便利。

ガイドブックも昔は、それが現地の情報を知るのに、絶対的必要だった。

だから、「地球の歩き方」みたいな、がっつりしたものを持って、旅行をしていた。

しかし、ネットの時代。

今回は、地球の歩き方でもPlat(ぷらっと)という軽いものを持参し、現地では、google マップを頼りにすることが多かった。

時代は、大きく変わったなーなんて旅を通じて改めて実感した。

<思い出ブログ>

大相撲夏場所が15日の取り組みを終えて、終わった。

横綱2人をはじめ、上位力士が次々に休場になったけど、そのおかげで、千秋楽まで、優勝争いし烈で面白かった。

2回、ガイドでご案内でき、私の熱い相撲熱を楽しんでもらえてよかった。

朝稽古を見学できた、若隆景が4年ぶりの優勝で、なんだかとても嬉しかった。

おめでとうございます!

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