ブログを書き始めて、9月11日で、ちょうど1年になる。
最初の投稿は、2001年の米国同時多発テロの話しだった。
去年は、テロから20年の節目の年。
テロの際、私がカナダにいた出来事を書いたのが記念すべき初投稿だった。
その時は、このサイトは、まだ生まれてなかった。
Coconalaという副業のサイトの自分のページにブログを書けるスペースがあったのでそこに
試しに載せてみたのが、初めてだった。
オーストラリアでの、ブルーベリー農場のアルバイト、フランスでのデモ行進参加談など、書いているうちに、とてもいい反応をもらえて、手ごたえを感じてきた。
それで、色々調べてみたら、Word Pressというものを使って、自分のブログを立ち上げるのが、長くブログをやるのにいいということがわかった。
世の中には、アメブロ、はてなブログ、FC2 ブログなどの無料ブログが多くある。
手っ取り早くやるなら、それらを利用したほうがいいだろう。
しかし、運用の自由度があり、副業にも繋がることを考えると、自分でWord Pressを使う方がいいという結論に達した。
Word Pressは、無料ブログと違って、立ち上げなど、自分で全てやらなくなくてはならず、また、資金面では、月1000円ほど運営費としてかかるが、これは意義のある先行投資だと思った。
運用の自由度のひとつとして、オリジナルのドメインが得られるということがある。
ドメインとは、この私のブログでいうと、「mamacreamsoda」の部分。
ドメインは、最初のセットアップの段階で決めなくてはいけなかった。
色々候補があったのだが、既に使われているものばかりだった。
「Mutsi (ムッツィー)の世界探検隊」という名前は、実は、ブログを始めて、1か月ほど過ぎてから、ようやく決まった。
もし、ドメインを決める時にこのアイディアが浮かんでいたら,mutsiadventureとしていたかもしれない。
しかし、その時は、その案がなく、結局、mamacreamsodaとなった。
ドメインの変更は、色々ややこしいので、もしこれからWord Pressを利用しようという人がいれば、ご注意を。
では、なぜ、私は、mama cream soda ->ママのクリームソーダというドメイン名にしたのか?
実は、ちょっと悲しい話しになるのだが、亡くなった母が、亡くなる直前にクリームソーダーが飲みたいと言っていたからなのだ。
2009年の5月に、末期癌だった母は、ホスピスに最期の2週間入った。
その際に、クリームソーダーが飲みたいと言ったのだが、お医者さんの許可が得られなかった。
そして、亡くなる直前になったら、お医者さんから、「クリームソーダー飲みましょうか?」と提案されたのだが、もうその時は、母には、クリームソーダを飲む、元気はなかった。
母は、以前に私がやっていた、yahooブログの「世界探検隊」をとても楽しみに読んでくれていた。
なので、母を思い、このドメインにしたのである。
Word Pressのセットアップは、本を買って、それを教科書にして、丸1日かけて作った。
そうしているうちに、Mutsi(ムッツィー)というキャラクターがいたらかわいいなと思った。
そんな時、元同僚のひまちゃんがかわいいイラストを描いていることを知り、作ってもらった。
色々なアイディアがどんどん湧き出て、モノづくりって楽しいなと思った。
そうして、気が付けば、170ほどの投稿数になった。
私は、好きなものに関しては、たいてい、継続できるタイプなので、1年書き続けることはできると思っていた。
そうはいっても、この数を改めて見ると、「塵積って山となる」って感じた。
インスタや、Twitter, Tick Tokが主流の時代。
電車に乗って、周りの人を観察していると、短時間にどんどん、情報を貪っている。
そして、一瞬、その中で何か、その人の琴線に触れると、スワイプの動きが止まり、ようやくじっくり、見始めている。
そして、また、次のものを探し求め続ける。
短時間にセンセーショナルなワードや、画像のインパクトを全面に出さないと見て/読んでもらえない。
そんな時代に、ブログをじっくり読もう、ましてや、大作家でもない人の体験記に興味を持つ人はそんなにいないと思う。
ブログが副業になる人は、自分の書いた記事によって、モノが売れたりする人だ。
私のブログは、思い出や経験なので、売れるモノがない。
そんなわけで、1円も稼ぐことはできなかった。
でも書き続けてとっても良かったと思っている。
まず、改めて、自分が面白く、珍しい経験を沢山していたんだと思い出すことができた。
そしてそれを共有できて、笑ったりしてもらえることで、幸福度が高まった。
また、忘れていた、沢山の思い出を思い出すことで、自分がHAPPYになった。
タスマニアの自転車旅行や、モロッコの1人旅などのシリーズものは、埃をかぶっていた、アルバムや日記から記憶を掘り起こす、作業だった。
そして、若い頃の輝いている自分を思い出して、改めて、両親などはじめ、色々な人、モノに、感謝することによって、心が浄化された。
若い自分の経験に、年を重ねた自分が幸せになれるというのは、このブログを書かなければできなかったと思う。
コロナがなかったら、このブログが世に出るのは、私がおばあちゃんになるまでなかったと思う。
コロナ渦での止まった時間は、人生の小休止だったと思う。
転職をして、収入を落とした分、仕事量も減らした。
その余力を、週末に、外国人旅行者にガイドとして費やしたいなと思っている。
ブログを書いて、1年、私自身、心が豊かになった気がする。
私が何かをやったり、選択を迫られる時に大事にしていることは、「自分がどれくらい、ワクワクするか?」という漠然とした感覚だ。
ブログを書く作業は、時間もかかる。
でも、ワクワクしているので、この1年、続けることができた。
何よりも、色々なところで楽しみにしてくれている声をいただき、それが大きな支えになっている。
その中には、80代の方もいらっしゃる。
昨日は、ロンドンに住む、10歳の姪っ子から、
「元気がなかったときに、このブログに救われたよ。」
と言われ、とっても嬉しかった。
母に会ったことのない姪っ子は、とにかく、私の変な同居人の話しが好きみたいだ。↓
2年目もワクワクしながら、書いていこうと思っている。
今日は偶然にも母の誕生日。
生きていれば、75歳だ。
クリームソーダでも今日は飲もうかと思っている。
この1年、お楽しみ頂いて、本当にありがとうございました。
2年目も引き続き、Mutsi(ムッツィー)の世界探検隊をどうぞよろしくお願いします。
コメント