昨日は、生まれて初めての海外での年越しの経験談をした。
今日は、2002年のフランスでの年越しの話し。
フランスでは、このブログでも有名な、ママ クリスティーンとパパ クロウドの家でホームステイをしながら過ごしていた。
ノエル(フランス語でクリスマス)は、この家族と共に過ごさせてもらった。↓
そして、年越しも一緒にさせてもらった!
子供達がノエルには、来ていたが、年越しは、クロウドのママのおばあちゃんだけがやってきた。
クロウドのママは、その当時、78歳。
28歳だった私からは、おばあちゃんだ。孫たちは、マミーと呼んでいる。
フランス語でおばあちゃんのことだ。
マミーは、モンペリエのこの家のすぐ近くに住んでいる。
若い子供達が来ないので、食事の用意もだいぶ量が減るものの、それでもクリスティーンは、「大事な日」と言って、心を込めて料理を作ってくれた。
ノエルと同じように夕食は、夜9時にアペリティブから始まる。
シャンパンを飲みながら、また特別な時に振舞われる、牡蠣で、大みそかの夜が始まった。
レモンをたっぷりかけて、キンキン白ワイン。何度食べても美味しい。
ノエルに出た、七面鳥の丸焼きも出る。
私はこのパリパリになった皮の部分を食べるのが大好き。
七面鳥は、沢山のハーブの詰め物が入っていて、塩コショウ加減が実によく美味しい。
丸ごとを切り分けるのは、パパクロウドの役目だ。
ワインもシャンパン、白ワイン、赤ワインのフルコースだ。
デザートは、チョコレートケーキとマンゴー。C’est bon!! セ ボン!美味しいーー
テレビでは、その年の人気だった歌手が次々出てきて、歌っている。
これは日本の紅白歌合戦だ。
そんなのを見ている間に、子供達から次々電話がかかってきて、皆、
Bonne Année ! (ボナネ)新年おめでとうー-ってまだ日付が変わってないが、言っていた。
そして、0時が近づいてきた。
この近所では、自分の家のお庭から、打ち上げ花火をするのが新年恒例らしい。
0時前にフライングで、上げている人もいたが、0時になって、テレビでもBonne Année ! (ボナネ)
なんていったら、四方八方から拍手と共に、花火が上がった。
自分達で打ち上げるので、豪華なタイプの花火ではない。
ヒュルヒュルーって上がり、パンッって感じで開くものだ。
上がるたびに、皆でBonne Année ! (ボナネ)って言ってほっこりした。
そして、フランス人の挨拶で、お互い頬を合わせて、 「チュ」と音を鳴らす キスの「ビズla bise」をするのである。(ビスのネタも過去記事リンク貼ります。)
フランスらしくてとても気に入った。
それから、私の好きな映画「アメリ」を皆で見た。
おばあちゃんのマミーは、いつのまにか寝ていたようだった。
私達は、2時過ぎまで映画を見て、ようやく寝た。
翌朝は、お昼近くに起きて、テレビでウィーンフィルハーモニーのコンサートが中継されていたので、それを見ながら、新年最初の食事!
ノエルと違って、ベトナム料理だった。
クリスティーンは、ベトナムの血が4分の1入っているので、ベトナム料理が本当に上手だ。
揚げ春巻きや春雨炒めが美味しい。
揚げ春巻きは、葉っぱにまいて、手作りソースを付けて食べる。
これにジャスミンライス。
ニョクマムやソースも、ものすごく美味しくて、味変しながら食べる。
あー-また食べたくなってきたー--!!
おいしすぎて食べすぎた。
それから、試しに新年のモンペリエの町を歩いてみた。
お店は全部閉まっていたが、さすが、フランス!
パン屋さんは、ちゃんと開いていた。
そして1月2日からは、オーストラリアと同様、通常モードだった。
2018年は、マニラで年越しをした。
ここも0時に大きな花火が、あちこちから上がって、ホテルの最上階にあるレストランは人で溢れていた。
最後の海外での年越しは、2年前のロンドン。
テムズ川やその周辺で上がっていた花火を色々な角度で見ながら、「2020年もいい年になりますようにー-」なんて思っていた。
まさか、あれから2年も海外に行けない自分を、そしてコロナという状況を予想だにしていなかった。
今年も去年と同様、静かに年越しだ。
来年こそ、海外の空気を吸いたいと思うのと同時に、また来年の今頃、どこにも行けなかったと思う可能性と覚悟をしておかなければならないかなとも思っている。
皆さんもよいお年を。
ビズの話し
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