インドネシアのバリとロンボック島に2週間、1人旅してきた。
2000年7月のことだ。
それぞれ1週間ずつ。
最初にバリ島へ。
これ、本当に不思議なのだが、あれだけ、「信じる者は、自分だけ」「念には、念を」なんて教訓を得たのに、なんだが、旅の初日のフラフラした時の私の心の隙間にうまー-く入り込むプロがいる。
バリに着いて、フワーっと、ゆるーーーーい空気に包まれ、これから2週間の旅にワクワク浮き足立っていたんだろう。
ふと、道端でお話しした、同じくらいの年の女性と話しが盛り上がり、「うちにきなよ」となった。
そして、なぜか、あの2つの教訓は、私の頭から、スー---ッと消えて、気が付いたら、バイクに乗って、その子の家の昼ご飯に招かれているのである。
魚の煮込みと白いご飯。
おいしい!
でもただほど怖いものは、、、ない。
なんとなー-く、途中から、「あっ、やばいかも」なんて思ってきた。
エアコンの効いた涼しい隣のお部屋でトランプをする。
「あー--、地球の歩き方の安全のぺージに出てきた、『トランプいかさま賭博』に引っかかったかもー-」とやっとその時、気が付いた。
あー--!バカー!
お金を賭けようと言われて、すったもんだの末、ようやく、私は、逃げ切ることができた。
海外添乗員をその時点で2年もやっているのに、情けない話しだ。
頭が痛くなった。
「信じる者は、自分だけ」
「念には念を」
改めてまたかみしめる。
反省して宿に戻ったら、頭痛がひどくなったので、早く寝た。
初日から賑やかなネタを提供してしまった。
さて、気を取り直そう!
バリは、最初の2日間は、観光客の多い、クタに滞在し、3日目から、ウブドという内陸の村に滞在した。
クタは、THE東南アジア!の町だ。
バイクがいっぱい走り、排気ガスの匂いが町の匂い。
タイやベトナムの懐かしさが蘇ってくる。
日本人観光客にもこの町の人々は、慣れている。
歩いていると、あちこちから、「ハローージャパンー!!」と声がかかる。
「おナマエ何ですかぁ?」と聞かれて、「ミツビシ!」と私が言うと、一瞬真顔になってから、爆笑される。
ミツビシは、私のアジア旅行の際の、芸名だ!! (知らない方は、こちらをどうぞ↓)
しかし、向こうも負けてはない。
「I am ヒロヒト」とか「My name is マサコ」なんて皇室の方々の名前を挙げてくる。
よくもまあ、色々、知っているものだと感心する。
あと、やたら、流行っていたのが、
「You drop something! 何か、落としたよ!」と言われて、「えっ?」って振り向くと、「足アトー-」と言われるオチだ。
これ、きっとどっかの日本人が教えて、一気に広まったんだろうなー。
インドネシア語で、「ジャラン」は、「通り」という意味。いい響きだ。
どこのジャランも賑やかだ。
クタのメインストリートは、ジャランレギャン(レギャン通り)。
バリは、年中暑い。
私が行った、7月も当然暑い。
色々なジャランを歩く。バイクがひっきりなしに通り過ぎていく。
次に滞在した、ウブド村は、そんなクタの熱気から解放されたようなのどかな場所だ。
米棚が広がる、田園風景は、なんだか、懐かしい気持ちになる。
ここは、「バリが死ぬほど好き」という友達のおススメだ。
バイクタクシーのカブのバイクに10kg の私のバックパックを担ぎながら乗って、クタからウブドに移動。
ウブドは、「きっと、戦前の日本ってこうなんだろうなー」っていう風景が広がっている。
玄関をほうきで掃いてお掃除している。
子供達は、凧揚げをして遊んでいる。
田んぼが多いのも何だか、日本人の私には、馴染みのある風景。
バリのあるインドネシアは、イスラム教の国だが、バリに関しては、「バリヒンドゥー」を信仰している。
町のいたるところに、その神様に捧げる、お供えものがある。
また、女性が姿勢よく、頭に沢山の果物をカゴの載せて、持ち運びしている姿が、バリにきたんだって思う瞬間だ。
朝5時に起きて、朝市に行ってみた。
まだ、日が昇らず、暗闇の中、人々の熱気と香辛料や体臭やら色々な匂いで圧倒された。
売り場にいた、AYUちゃんという女の子が、元気に働いて、「オハヨウネー」って声をかけてくれた。
それから、町を散歩したら、子供達がサッカー場で朝練をしていた。
皆、早起きだ。
初日は、ガツンとやられたが、そこからは、順調な私の旅。
さあ、まだまだ楽しむぞー!
今日はこれにておしまい!
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