本日もMutsi(ムッツィー)ツアーにご参加いただき、ありがとうございます!
さて、今日のお客様は、浅草にて茶道体験!
スイス人の男性お1人、クリスさん。
お泊りは、フォーシーズンズホテル大手町、移動は、プライベートカー。
お仕事のカンファレンスが日本で開催される為、やってきたとのこと。
ご自身で会社を経営していて、お住まいのスイスの家以外に、フランスのモンブランに別荘があるそうだ。
お金持ちの匂いしかしません!
初めてのご案内場所だったので、早速、事前に下見へ。
下見は、ガイドをする上で1番大事!(関連記事↓)
とりあえず、場所のチェックをして、もし可能なら、どのような流れでやるか、教えてもらおうと突撃訪問!
ちょうど、お客さんがお帰りになったタイミングだった。
そうしたら、当日のおもてなし役、お茶の世界では、「亭主」と呼ばれる奥様が、「よかったら全体の流れを簡単に説明しますよ。」とのこと。
ありがたい!「是非お願いします」!と即答!
結果、もしこのレクチャーを受けてなかったら、私の茶道体験のガイドは、悲惨な事になっていました。改めて、貴重な時間をいただいた、亭主に感謝です!
まず、茶室に入る前に、お湯に桜の葉っぱの塩漬けが入ったお茶を頂いた。
これはウェルカムドリンクのようなもので、季節によって違うそうだ。
茶の湯は、中国から伝えられ、16世紀に茶人、千利休によって大成された。
禅の礼法を取り入れ、わび、つまり、簡素な美しさを追求した。
茶室に入る時に靴を脱ぐので、もし、ブーツや紐でがっちり結ばれている靴を履いているようであれば、事前に脱ぎやすいように下駄を貸し出すとのこと。
クリスは、中国の上海に3年住んだことがあるのもあって、アジア文化に馴染みがある人だった。
何でもやってみたいと思うタイプで、下駄も履きたい!と即答だった。
こうして、茶室へ移動。
茶室の基本は、4畳半である。
にじり口と言われる、入口は、体を小さく丸めないと入れない大きさだ。
昔は、武士がここで刀や武器を全て置いて、茶人と同等の立場で向かいあった。
欧米の人は、大柄な人が多いので、このにじり口で頭をぶつけることがとても多いとのこと。
クリスも丸まって、茶室に入る。既に興味津々だ。
茶室のシンプルさに感動していた。
床の間には、「一期一会」の掛け軸。
掛け軸は、季節だったり、そのお客様の特性に合わせて、亭主が決めるそうだ。
外国人の場合は、「一期一会」にすることが多いという。
茶道に由来する日本のことわざ。茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する。茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という含意で用いられ、さらに「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と言う言葉。
ウィキペディアより引用
改めて、私もとってもいい言葉だなと感じた。
床の間には、1月初旬だったので、椿の花が1輪ある。生け花だ。
通常、1輪か多くても2輪のみとのこと。
これは、「詫び寂び」の詫び、つまり、質素なものに赴きがあるというところからきているそうだ。
この茶室で命あるものは、このお花だけと聞いて、なるほど!と納得。
茶道は、英語で言えば、tea ceremony 。
欧米でいう、いわゆる、お茶会は、お花などで綺麗に飾り、皆でワイワイお話する、賑やかなイメージだが、茶道になると真逆だ。
おしゃべりのトーンは、静かで、生客が亭主にお道具の事を質問したり、季節に関しての会話が交わされる。
しかし、どちらにも共通点がある。イギリスのアフタヌーンティーと同様、茶道でも、現代では、政治や宗教の話がNGということだ。面白い!
さて、茶道といえば、正座だ。
私自身、正座がとっーーーーーても苦手。
亭主が、「今回は、茶道体験なので、足を崩していいですよ。」と言ってくれたので、一安心だが、クリスは、正座をする!とまたチャレンジしていた。
お茶の心として、一期一会と共に、もう一つ大事な言葉が、「和敬清寂」だという。
和敬清寂(わけいせいじゃく)とは、茶道の心得を示す標語。意味は、主人と賓客がお互いの心を和らげて謹み敬い、茶室の備品や茶会の雰囲気を清浄にすることという意である。
ウィキペディアより引用
この茶室での時間は、戦いなど忘れて、心を豊かにし、平和の心でいてほしいと、千利休が大切にしていた心得だそうだ。
そうはいってもこの茶室では、密談なども多くあったそうだ。
ふと、ここで思ったことがある。
今回の亭主は、女性だが、女性はいつから、亭主という役割を担えたのか?と疑問が沸いた。
女性の地位は、戦国時代は更に低かったと思われる。密談に関わることは絶対に不可能だ。
亭主に聞いたら、明治時代の女性教育が始まった時代から、ようやくお茶の世界に女性も進出できたとのことだ。
ただ、家元は、男性と決まっているらしい。
さて、ようやく、鉄製で出来た、茶釜というお湯を沸かしている釜の前に、亭主が座る。
抹茶を入れる、「お茶碗」という名の湯呑をいくつかお盆にのせて、好きなものを選ばせてもらっていた。
お茶碗は、金継ぎで接着されていた。
壊れたものを大切に修復して、モノを大事にする、質素倹約の禅の精神を話してくれた。
割れた茶碗をよしとし、それを「不完全な美」として楽しむのが日本人の精神。
「もったいない」という日本人の思考にも繋がっている。
さて、続きは、また次回までお楽しみ!
(↓こちら更新済みです。)
<思い出ブログ>
ブルガリアでのお茶タイム!
コメント